EU諸国は今、自分たちのめざす経済社会を「社会的市場経済」と呼んで、アメリカのような新自由主義型の経済を「野蛮な資本主義」と否定していますが(日本の「構造改革」はアメリカ型をめざすものです)、その辺にもマルクスの思想はひと役買っていると思います。
--石川康宏「若者よマルクスを読もうⅡ」P36
EU諸国は今、自分たちのめざす経済社会を「社会的市場経済」と呼んで、アメリカのような新自由主義型の経済を「野蛮な資本主義」と否定していますが(日本の「構造改革」はアメリカ型をめざすものです)、その辺にもマルクスの思想はひと役買っていると思います。
--石川康宏「若者よマルクスを読もうⅡ」P36
今日学生に話したことの中でいちばんおぼえててほしいのは「機嫌よく生きよう」ということかな。街でも電車でも毎朝つまんなそうな暗い顔した大人たちが無言で押し合いながら歩いてるこの国では、自分だけでも楽しく機嫌よく生きていくことが何よりのレジスタンスなのだ
--ヲノサトル Tweet(2019/4/25)
「株主の利益」のためには人の暮らしはどうなっても構わないのが今のアメリカ。「国際経済競争に勝つ」ためには人の暮らしはどうなっても構わないのが、韓国や、日本の一部大企業や、一部政治家。すべて同じ構造です。
「復興は人の暮らしのため」、「経済成長はあなたが生きていくため」と言うけれど、あなたが生きていくために、あなたの暮らしを犠牲にしましょうって、それは話がおかしいですよね。「生きるために経済成長しましょう」と言っているうちに、成長の方がいつの間にか目的になって、「経済成長のために生きよう」という主客転倒を起こしているのです。
--藻谷浩介「しなやかな日本列島のつくりかた」P58
郊外農地を開発し、住居と職場と公共施設と大型店をそれぞれ無料駐車場付きで分離させ、移動は全部車で、としてしまった地域からは、起業家が生息できる空間が存在しなくなってしまった。
面白いことにそうした土地からは、文化的なものがなくなっていくんです。モールに並んだ物資を消費して満足している人だけになった地域からは、ユニークな雑貨屋とか、こじゃれたカフェ、尖ったイベントも消えていく。
--藻谷浩介「しなやかな日本列島のつくりかた」P40
朝鮮戦争によって、アメリカはソ連、中国と対決姿勢を強めることになり、日本はアジア、太平洋地域における共産勢力との戦いの最前線に位置づけられた。民主化と非武装化の占領政策から一転して、日本は再軍備させられ、米軍に協力して「反共防波堤」の役割を担わされることになった。アメリカは反共主義者のA級戦犯を政界に復帰させ、傀儡にして日本を操ろうとした。また、反共政策への協力と引き換えに、東南アジアや韓国に対する日本の賠償責任はなし崩しになった。こうした事態を指して、「読売新聞」は「逆コース」と書いた。占領時代が終わっても、危機として占領政策の継続を望む者たちが政権中枢に居座る結果を招いた。かくて、日本はアメリカに国を売る者たちの居心地が最もいい国となったのだった。
--島田雅彦「人類最年長」P199
デザインにおいて、値段付けはものすごくクリエイティブな行為だ。同じプロダクトであっても値段が違うと、買う側の意識が変わる。つまり値段とは「メッセージ」なのであるよ。
--小倉ヒラク「発酵文化人類学」P317
文化をつくるためには「幸せな三角関係」をつくることが大事なことがわかる。作り手と受け手がお互いハッピーになるためには、消費者⇔メーカーの「直線関係」の上に点を置いて三角形にしなければいけないのだよ。
ではその「点」とはなんだろうか。ズバリ、ファッション界における「読モ(読者モデル)」の存在だ。作り手の事情も理解しつつ、受け手の代表として文化の「たしなみかた」を提案するスター。この「読モ」を育てない限り、作り手と受け手は敵対関係としてぶつかり続ける。しかし「読モ」の点を置いて三角形にすると、ぶつかりが解消されてコミニケーションが循環し始める。
--小倉ヒラク「発酵文化人類学」P261
ポトラッチとは「明らかにやりすぎな交換」のこと。北アメリカ大陸における先住民族における特殊な文化儀礼をルーツとする。ある部族の酋長が、自分の権力を部族のメンバーに誇示するために、自分の持っている大事な宝物あげてしまったり、場合によっては祭りの場で自分の財産に火をつけて燃やしてしまったりする。(中略)ポトラッチとはつまり「贈与のボクシング(殴り合い)」だ。
しかし。一方ではこのポトラッチによって、権力者は自分の財産を定期的に手放すことになり、深刻な争いの火種となる「富の偏り」が防がれる。
「過剰」や「破壊」によって、富の再分配が行われ、誰かが一方的に勝ち続けるゲームになってしまうことが阻害される。ポトラッチは、不条理に見えて実は交換ゲームを潤滑にしていくための「必要な毒」なのであるよ。
--小倉ヒラク「発酵文化人類学」P184
嫌いな事を我慢してやって得られる程度の平凡な能力では生きていけない。好きで得意な事を精一杯やって得られる程の秀でた能力でないと相手にされない。だから我慢などしている場合ではないのだ。好きな事なら秀でた能力が身に付くまで収入が少なくても辛抱出来る筈だ。もっと自分を信じても良いのに。
--相田浩樹 Tweet(2019/11/30)