吉田首相が、アメリカの軍備増強要求を値切るときにつかった口実は、二つあった。一つは、国内の平和運動や野党の反対が強いこと。もう一つは、憲法第九条の存在だった。
アメリカ側にすれば、日本の軍事力を強くして利用はしたいけれど、それを無理強いして日本の保守政権が倒れ、社会党政権になったりしたら元も子もない。吉田はそこを計算して、社会党左派の政治家に、再軍備反対運動を起こしてくれと内密に頼んだこともあったという。それを口実に、アメリカの要求を値切ろうとしたわけだ。
もう一つの憲法第九条については吉田はこう述べたといわれる。
再軍備などというものは当面とうていできもせず、また現在国民はやる気もない。当分アメリカに(日本の防衛を)やらせておけ。憲法で軍備を禁じているのは誠に天与の幸(さいわい)で、アメリカから文句が出れば憲法がちゃんとした理由になる。その憲法改正しようと考える政治家は馬鹿野郎だ。
--小熊英二「日本という国」P138