あらゆる仕事には、「誰の分担でもないけれど、誰かがしなければいけない仕事」というものが必ず発生します。誰の分担でもないのだから、やらずに済ますことはできます。でも、誰もそれを引き受けないと、いずれ取り返しのつかないことになる。そういう場合は、「これは本当は誰がやるべき仕事なんだ」ということについて厳密な議論をするよりは、「あ、俺がやっときます」と言って、さっさと済ませてしまえば、何も面倒なことは起こらない。
--内田樹「そのうちなんとかなるだろう」P154
あらゆる仕事には、「誰の分担でもないけれど、誰かがしなければいけない仕事」というものが必ず発生します。誰の分担でもないのだから、やらずに済ますことはできます。でも、誰もそれを引き受けないと、いずれ取り返しのつかないことになる。そういう場合は、「これは本当は誰がやるべき仕事なんだ」ということについて厳密な議論をするよりは、「あ、俺がやっときます」と言って、さっさと済ませてしまえば、何も面倒なことは起こらない。
--内田樹「そのうちなんとかなるだろう」P154
どんなとき、どんな場所でも、僕たち一人ひとりには、自分にできること、自分にしかできないことがあります。とりあえず、その場にいる他の誰もできないことが、自分にだけはできるということがある。
でも、普通はそれが何だかわからない。
修行を積むと、「今、ここでだと、私だけができること、他ならぬ私が最もそれに適した仕事がある」ということがわかるようになる。
その時に、ふっとそれが「自分が前からずっとしたいと願っていたこと」のように思えてくる。ここが武運の勘所です。
--内田樹「そのうちなんとかなるだろう」P96
いろいろ言いたいことはあっただろうけど、そういう時にかさにかかって子供に恥をかかせるようなことはしなかった。僕はそのときに家出に失敗したことからよりも、人生最初の「大勝負」に失敗したぼんくらな息子を両親が黙って受け入れてくれたことから、人生についてより多くを学んだように思います。
たとえ家族であっても、どれほど親しい間であっても、相手にどれほど非があっても、それでも「屈辱を与える」ことはしてはいけない。これは父母から学んだ最も大切な教訓だったと思います。
--内田樹「そのうちなんとかなるだろう」P41
人生にパーフェクトな正解なんてものはありません。僕がよく言うように、「人生は0か100か」ではなく、67点とか49点とか81点とかの結論を引き受けて、「それが人生さ!」と青空を見上げて生きていくものです。
--鴻上尚史「鴻上尚史のほがらか人生相談~息苦しい『世間』を楽に生きる処方箋」
キリスト教だってイスラム教だって世界平和を願っておる。戦争したり、差別しろとは言ってない。真理はひとつだ。しかし、仏教の良いところは『無我』、『我がない』ということだ。自分がないと言うことではない、自分よりも相手の気持ちを思うことだ。自分がお腹空いていて、困っている人がいたら食べさせる。
--佐々井秀嶺「佐々井秀嶺、インドに笑う」P238
これからマスメディアの凋落に伴って、ネットから情報をとることが標準的なかたちになるでしょうけれど、そうなると個人のネットリテラシーの差が、そのまま知的力量の差になって露呈してしまう。その知的格差はいずれ社会的な格差に転換されるでしょう。
--内田樹「「意地悪」化する日本」P195
ナチス・ドイツの学校用教科書は、例外なく貧弱な語彙と平易な構文によって作られていたと『永遠のファシズム』に書いてあります。だから私たちは、ファシストが貧弱な語彙と平板な言葉を使っているのを真似てはいけません。紋切り型ではない、罵倒型ではない、豊かで詩的な、チャーミングな言葉を使わなくちゃいけないんです。
--福島みずほ「「意地悪」化する日本」P152
私は土下座をする人が苦手です。「土下座をする人間は土下座をさせる人間だ」という言葉がありますが、これは当たっていると思います。土下座は人間を卑屈にさせます。
--福島みずほ「「意地悪」化する日本」P65
ほんとうに貧しくて、とうてい生きてゆけない状況に追い詰められたら、必ず人間は助け合う。周りの人間を蹴落としてゆこうなんていうことは、自分が蹴落とされたら飢え死にするという状況では出てこないんです。ある程度豊かな状況において初めて人間は残酷になれる。人間同士で肌寄せ合ってゆかなければ生き延びてゆけないときは相互扶助的になる。
--内田樹「「意地悪」化する日本」P60
十六世紀に宇宙の無限性を唱えて、コペルニクスの地動説を擁護したジョルダーノ・ブルーノがドミニコ会修道士(キリスト教徒)であったように、「異端」とはアウトサイダーのことでは決してない。ある共同体や組織の「周縁」を住処にして、そこから「異言」を唱える「奇人」や「変人」である。
生物多様性が、地球に棲むすべての生物のための環境維持に欠かせないように、文化の多様性をもたらす「異端」の存在も、共同体を活性化するのに役立つ。
--越川芳明 「私小説」を逸脱する「私小説」 島田雅彦『君が異端だった頃』より