強者によって奴隷の地位に落とされるということはよくあることです。けれども、その事実をまっすぐに見つめている限り主体性は揺るがない。ところが、その立場にしだいに慣れてくると、自分は自主的にこのような立場を選んだのであると思うようになる。強権によって従属させられているのではなく、自ら望んで従属の道を選んでいるのだと思うようになる。そしてついには従属しているという事実そのものがおのれの主体性と自由を基礎づけているという倒錯したロジックを平然と語るようになる。そのとき主体性は根こそぎ破壊される。
--内田樹「街場の戦争論」P102