人間の欲望というものは、強弱や濃淡はあっても、誰にでも同じように潜んでいるものです。人間が社会生活を営むことができるのは、この欲望を騙し騙し使うということを覚えたからではないでしょうか。規矩とは、己の内部の正義や倫理の名前ではなく、己の欲望に対して自らその使用を禁じるということに他なりません。
なぜ、それを禁じるのか。おそらくは、自分で自分をリスペクトしたいという、次元の異なる欲望があるからです。自分が何を得たかということよりは、自分が何を断念できたかということの中に自分へのリスペクトは生まれます。断念によってしか獲得できない境地、というものがあるということです。
大人になるとは、そういうことです。
--平川克美「路地裏の資本主義」P63